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ドイツとその周辺の本の話 5
2012-03-31 Sat 14:33
ラーメン屋や美容室や歯科医院の待合室に漫画や雑誌があるように、ハンブルク市内を走る市バスの車両のひとつには、車内に小さな本棚のあるものがある。たいていは、聞いたこともない作家の聞いたこともないタイトルの、古くなったペーパーバックで、特にきちんと管理されているようではなく、「読みたければ持って行ってもいいよ?」そんな雰囲気だ。バスに乗っていると、大きな買い物かごを提げたおばあさんとその孫や、自分の周りにはとにかく退屈なものしか転がっていないんだという顔をしたトルコ系の若い女の子がぺらぺらとページを捲っているのを、たまに見かける。

あるとき、電車の車内に本を置き忘れてしまったことがある。ポール・オースター「ムーン・パレス」の新潮文庫のもので、日本から持ってきて後生大事になんども読み返していた。僕はひどく疲れていたからつい電車でうとうととしてしまって、はっとすると降りる駅だった。本を隣の席に置き忘れたのに気付いたのは、電車から飛び降りて、背中でドアがしゅーと音を立てて閉まってからだ。ああ! と思ってからはもう遅くて、ゴロゴロと電車は行ってしまった。それっきりその本の行方は知らない。駅の事務所に行って説明すれば、どうにでもなったのだろうが、そうすることはどうしてかためらわれた。

そういうわけで、僕は忘れられた本のそのあとのことをしきりに想像してみる。たぶんあのあと本は車両の掃除夫に見つかって、あっさり処分されてしまったかもしれない。あるいは、もしかしたら、めぐりめぐってあのハンブルクのバスの本棚に行きついているかもしれない。そしていつか、ハンブルク大学で日本語学科を専攻する大学生がその本に気付くかもしれない。そういう、せめての救いのある想像をしている。
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別窓 | 執筆者:関圭介 | コメント:0 | トラックバック:0 |
ドイツとその周辺の本の話 4
2012-03-23 Fri 21:09
誰にでも経験があると思うが、書店で棚の前に立ち、たとえば金井美恵子の本が欲しくて探すと、ほとんど必ず金原ひとみが目に入る。古井由吉を求めて古川日出男の新刊が目につくこともある。村上龍と村上春樹はいつも隣り合わせにあって、たまに混ざりあっていることもある。

なかには、性別で棚を分けたり、丸善のようにさらに年代ごとに分けたりするところもあるが、一般的には書店の棚は単に五十音順に整理されているから、巨匠と新人作家の本が居心地の悪そうに並べられていたりする。わずかほどしか作品のない作家の本は、限られた棚の中で、声の大きい作家に圧迫されて、そのうち、いつまでも棚に差さったままになっているのを店員に見つかって、出版社に返本されないよう、さらにその存在感を希薄にしていく。

ハンブルクの書店には、若手作家の作品を推すコーナーがある。別にヨーロッパ全体にそういう風潮があるわけでないようで、そういう棚を見かけたのはハンブルクでだけだったが、売場のなかでもかなり立地の良いところで展開されている。
そもそも、ハンブルクという港町はドイツ国内ではベルリンに次いで、なかなか若手の芸術家に手厚い街のひとつで、市内にはいくつか、絵や手工や音楽を志すが貧しい人たちが寄りあって生活する一角がある。その路地に行けば、極彩色に塗られた自転車や分解されたブラウン管のテレビを横目に、そういう若い人たちと直接話をすることができたり、作品を手にとって買うこともできる。とても刺激的なところだ。

そういうところで、私は一人のブラジル詩人と知り合った。Fabio Kerouac(ファビオ・ケルアック)という名前で、もちろんケルアックはかの文豪から拝借したそうだが、彼はポルトガル語で詩を書き、それをドイツ語で対訳して詩集を出版している。自身の詩の朗読パフォーマンスもおこなったりと非常に精力的に活動している。
加えて彼は大の日本好きで、これはずいぶんあとになって知ったことだが、奥さんは日本人で、驚いたことにお相手は、日独翻訳では著名な岩本順子さんだった。彼自身はたどたどしい日本語しか話すことができなかったが、偶然知り合ったブラジル詩人の奥さんが日本人だというのもなかなかに面白い偶然ではある。

Fabio Kerouacのインフォを更新している岩本順子さんのHP
http://www.junkoiwamoto.com/detail_poetry.php
別窓 | 執筆者:関圭介 | コメント:0 | トラックバック:0 |
ドイツとその周辺の本の話 3
2012-03-16 Fri 20:29
ジュンク堂新宿店が閉店することに伴って、該店書店員による「本当に売りたかった本フェア」なるものが開催されているそうだ。生憎まだ足を運んでいないが、選書が気になるところだ。
日本において「書店員」という仕事はなかなか複雑な立場にある、というのが私の印象だ。POPによるイチオシの宣伝や、本屋大賞のおかげで、いわゆる「本のソムリエ」というイメージがある一方で、書店員であるためには実際には特別な資格は必要ないし、一般の小売店店員となんら変わりはない。とはいえ、日本の書店員に抱える多くのジレンマや業界全体での立場について話し始めると際限がないので、今回は割愛する。
話はドイツの書店員についてだ。ドイツの職業教育にはマイスター制度を代表とする、若い時期から職業選択し、その専門学校に通うというのが一般的なスタイルであり、医者や法律家のみならず、極端に言えば、スーパーのレジ係に至るまで、資格かそれに準ずるものがある。書店員も例外に漏れず、三年の職業訓練と資格試験が必要である。だから店員の質はおのずと高い。
あるとき、一人の御婦人が店員に向かって「Aという作家が好きで読んでいたが、著作を全部読んでしまって、作風の似たお薦めの作家はいるか」と尋ねていた。ブロンドの若い店員は何冊か本を持ってきて、Aという作家の特徴を話しながら、それに類似する本を薦める。ありそうでなかなか見られない光景だ。こういう聞き方をする人もあまりいないし、聞かれてスパッと答えられる店員も素晴らしい。
店内の雰囲気もずいぶん異なって、POPやポスターの飾り付けはほとんど見られない。新刊には表紙に”neu!”(new)と書かれたシールが貼ってあるだけだ。
たとえ言葉がまったくわからなくても、いつか外国へ行く機会があれば、ぜひ書店に足を延ばしてみてほしい。



別窓 | 執筆者:関圭介 | コメント:0 | トラックバック:0 |
ドイツとその周辺の本の話 2
2012-03-09 Fri 21:35
“Naokos Lächeln”というのが、ドイツ語版での「ノルウェイの森」(村上春樹)のタイトルで、直訳すると”直子の微笑み”である。どういった経緯で翻訳時に改題されるのかは知らないが、なにもドイツに限ったことではない、日本でだって、多くのハリウッド映画が妙なタイトルで量産されている。ただ”直子の微笑み”はいくらかセンスを疑うけれど。
ところで、ドイツの書店Thaliaで目にしたのは、ドイツの作家と同じようにアルファベット順に並べられた、ポール・オースターやソウル・ベロウ、ジョン・アップダイク、オルハン・パムク、マリオ・バルガス・リョサ、ガブリエル・ガルシア=マルケス、それから村上春樹らの作品だった。”Roman”(小説)というジャンルには、作家の国籍や母語は関係なく、単に「ドイツ語で出版されている」ことが条件で作品が並ぶ。この区分を日本の書店でもぜひ取り入れればいいのにと思う。日本で流行らないとされる海外文学の問題点は、訳語の調子の読みづらさでも描かれる不慣れな文化でも、本自体が高価であることでもなく、ただ普段目につくところにないからではないだろうか。
ユーロ圏における日本文学の人気は、周知の通り、村上春樹が筆頭に挙げられる。ドイツでもほとんどの長編が翻訳され、ベストセラーとなった「1Q84」も最新作まで出版されている。彼の次となると、差はずいぶんひらく。書店に並んでいる作品から見れば、次はよしもとばななか川上弘美が挙がるだろうか。
そもそも、ユーロ圏におけるジャパン・カルチャーはほとんどの場合「Manga」を指す。その市場は私たちが考えているよりもずっと大きく、日本の漫画・アニメは次から次へと翻訳されて、興味のある若者たちの手に届く(ときには違法に)。 留学時に知り合った国籍さまざまな友人に「知っている日本の漫画・アニメは?」と聞くと、ナルトやドラゴンボールといったタイトルが答えるが、なかには「いちご100%」や「ちょびっツ」なんて名前も聞く。ただ、そろそろMangaの市場も飽和状態ではないかとも思う。流行がはじまって次から次へと翻訳が出たが、期待ほどの盛り上がりは見られない。実際、私の留学していた1年間でMangaの売場が縮小された書店もあった。ちょうどこれからが、選択される時期なのだろう。
別窓 | 執筆者:関圭介 | コメント:0 | トラックバック:0 |
ドイツとその周辺の本の話 1
2012-03-05 Mon 22:08
アニメ世界名作劇場「ピーターパン」の第一話で、ウェンディーたち三人は、夢で見たピーターパンのことを調べるべく、裏路地にある薄暗い古書店を訪れる。そこらじゅうに大きな本が山のように積まれ、まるで迷路にいるかのようにその合間を縫って歩く。店主であるおじいさんはその中に埋もれるようにして、虫眼鏡を使ってなにやら本を捲って調べ物をしている―。思えば、病弱で小学校を休みがちだった子どものころに、母が借りてきたレンタルビデオで見たこのシーンが、私の書店に対する、いわば根っこのイメージになっている。
昨年10月までドイツへ留学していた折に、ロンドンへ旅行した。そのとき訪れたHatchardsという書店には、その雰囲気があった。ロンドンで最も古く、王室御用達のこの書店には、格式の高い、しんとした、少しだけ背伸びをさせられているような、むしろ居心地の悪いような、緊張を誘う雰囲気があった。
そのころはちょうど、Penguin BooksからMini Modern Classicsが創刊されていて、フィッツジェラルドの”Babylon Revisited”(バビロンに帰る)や芥川龍之介”Hell Screen”(地獄変)、カフカ”In the Penal Colony”(流刑地にて)、イタロ・カルヴィーノ”The Queen’s Necklace”などの世界の名作・古典文学が、文庫本ほどのサイズで売り出されていた。ペーパーバックという、文庫新書に相当するかたちがあってなお、新たに廉価版を打ち出すのは、また一つの流れなのだろう。
日本における由緒正しい文庫といえば岩波文庫が挙がるだろう。その岩波文庫がモデルにしたというのが、ドイツのレクラム文庫だ。サイズもほとんど同じで、ジャンルも、文学・哲学など同じ。特に、ジャンルごとにテーマカラーを設けているところもレクラム文庫を踏襲している。半年ほど前、ようやくサリンジャーの”The Catcher in the Rye”がシリーズ入りした。真っ赤な表紙の「ライ麦畑~」はなんとも奇妙な印象を与える。

今回、ブログの記事には「遡」の構成員の一人である関が筆を取った。1年という短い期間ではあったけれど、ドイツ・ハンブルクへ語学留学して、そこで見聞きした、ドイツとその周辺における本をめぐる環境について、複数回にわたって私見で書いてみようと思う。



Penguin Mini Modern Classics:
ttp://www.penguinclassics.co.uk/nf/Search/AdvSearchProc/1,,S574,00.html
Reclam(レクラム文庫)
ttp://www.reclam.de/
別窓 | 執筆者:関圭介 | コメント:0 | トラックバック:0 |
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